天明2(1782)年に、浜安木に流れ着いた鯨を供養するために建立された供養塔です。

 当時、但馬の海岸部では組織化された捕鯨は行われていませんでしたが、時々、弱った鯨が浜などに流れついた記録が残っており、「寄鯨」(よりくじら)と呼ばれていました。

 寄鯨は、余すところなく入札にかけられ、「鯨一頭、七浦を潤す」と言われるほど莫大な利益を生みました。

 浜安木村では、鯨に感謝し、その恩を後世に伝えるために供養塔を建立しました。

 浜安木村に暮らす当時の人々と、鯨のつながりを示す文化財であるとともに、町内では鯨供養塔は1か所しかない希少な文化財のため、町指定文化財に指定されました。

指定年月日

令和6年10月25日

種別

史跡

所在地

香住区浜安木

指定内容

野外の一角に設置された文字が刻まれている石碑の写真

 大きさは幅約40センチ、高さ82センチ。

 中央に5文字の梵字、その下には「寄鯨供養塔」と陰刻で彫られています。中央の「寄鯨供養塔」の文字を挟んで、右には「天明二年壬寅年」、左には「二月廿六日 施主 村中」の文字が、中央の文字よりも浅く彫られています。

 浜安木区では、寄鯨に関する古文書「天明二年取替申一札故」を保管しています。これは、西に隣接する訓谷村と取り交わした文書です。

 当初、この寄鯨は浜安木村と訓谷村の境あたりの岩礁に打ち寄せられましたが、再び、海に流され、翌日、現在の石碑の前あたりの浜に流れ着いたと言い伝えられています。

 そのため、浜安木区と訓谷区で寄鯨の取り扱いについて、争論となりましたが、和解し文書を取り交わしました。この文書には、訓谷村分文書には浜安木村の人たちの名前、浜安木村分文書には訓谷村の人たちの名前が記されたおり、立会人として、「香住村、下浜村、沖浦村、上計村、丹生地村」の庄屋の名前が記されています。

 供養塔と建立の経緯を知る貴重な文化財として、寄鯨供養塔とともに附(つけたり)指定として「天明二年取替申一札故」も含めて指定されました。

町指定文化財 寄鯨供養塔の地図

香美町香住区浜安木

この記事に関するお問い合わせ先

教育委員会 生涯学習課
〒667-1392
兵庫県美方郡香美町村岡区村岡390-1
電話番号:0796-94-0101
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